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危急時遺言とは

「先生!憶えてらっしゃいますか?以前に遺言の相談をさせてもらった今岡です!」

私は、朝一番の電話で受話器を取るや否やの突然の質問に一瞬圧倒されましたが、私が受ける年間何百件ものいろいろなご相談の中には相談だけで終わってしまう方もいらっしゃって、正直言って受話器の向こうの方がいったい誰なのか全く分かりませんでした。仕方がないのでその旨を申し上げると、受話器の向こうの今岡さんは、いくぶん落ち着きを取り戻された様子で

「いえいえ、こちらこそ突然スミマセン。実は、3年前に一度おじと一緒に先生の事務所へ遺言の相談に伺ったのですが、結局そのままになってしまって・・・。」
と言われました。

「もしかしてお住まいは豊中の方ですか?確か、一緒にいらっしゃった方は奥さんを亡くされたばかりだったような・・・?」

電話の主は豊中市在住の今岡雄一さん(仮名)。3年前に今岡さんのおじである金本昭三さん(仮名)と一緒に当事務所へ来られました。当時すでに年金生活に入っていた金本さんご夫妻にはお子様がなかったため、金本さんの姉である今岡さんのお母様が他界されてからは、今岡さん一家が金本さんの家で同居するようになり、一見本当の親子のような関係だということでした。

当時、金本さんは、相続について「全部妻に任せればいい」と考えていらっしゃいましたが、その奥さんが先に亡くなってしまい、我が子同然の今岡さんに愛着ある自宅を譲るべく「遺言を書こう」と当事務所に来られました。そのとき、手続についてご説明はしたのですが、そのままになっていたのです。

今岡さん「実はおじの金本昭三が先日倒れまして入院したんです。今も病院からかけているのですが、あのときの遺言のハナシ、何とかならないでしょうか?」

私「そうですか。結局あのまま遺言されてなかったのですね。あまりに急なお話で何とも言いにくいのですが、金本さんの容態はいかがですか?意識はしっかりして話すことができるのでしょうか?」

今岡さん「はい。倒れた直後は一時意識不明でしたが、現在は私の言うことに対してもきちんと受け答えをして、何とか話をすることができます。実は目を覚まして最初に話したことが「遺言」だったのです。先生の名前もおじから言い出したことで、恥ずかしながら私はおじに言われるまで相談に行ったことすら忘れていました。」

私「そうですか。金本さんの命は「遺言」が繋ぎ止めてくれているのかもしれませんね。最後は金本さんの頑張りに賭けるしかありませんが、できる限りやってみましょう。」

今岡さん「お願いします。何か用意するものはありますか?」

私「これまでのお話から判断すると、現在の状況から言って金本さんご自身で遺言を書くことはもちろんのこと、3年前に予定していた公正証書遺言についても少し時間がかかるので適当ではありません。ここは「死亡危急時遺言」を使おうと思います。」

今岡さん「シボウキキュウジ・・・??」

危急時遺言とは?

博士

危急時遺言とは、死期が迫り署名押印できない遺言者が口頭で遺言をし、証人がそれを書面化する遺言の方式です。病気などで死に直面した人に認められる一般危急時遺言と、船舶の遭難である場合に認められる船舶遭難者遺言が法律で定められています。ここでは今回のテーマである死亡危急時遺言についてのみ説明します。

【死亡危急時遺言】(一般危急時遺言)

一般臨終遺言、死亡危急者遺言とも言います。疾病その他で死亡の危急に迫っている場合に認められる遺言方式です。


~作成手順~

  1. 証人3人以上の立会いをもって、そのうち1人に遺言の趣旨を口授(口伝い)する。
  2. 口授(口がきけない人の場合は通訳人の通訳)を受けた証人がそれを筆記する。
  3. 口授を受けた証人が、筆記して内容を遺言者及び他の証人に読み聞かせ又は閲覧させる。
  4. それぞれの証人が筆記の正確なことを承認した後、遺言書に署名し印を押す。

~家庭裁判所による確認~

遺言の日から20日以内に、証人の1人又は利害関係人から家庭裁判所に請求して、遺言の確認を得なければなりません。家庭裁判所は、遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得なければ、これを確認することができません。ちなみに、この「確認」は遺言が執行される前に遺言書の状態を確認し、偽造・変造を防ぐために行われる「検認」とは全く違う手続となります。詳しくは省略しますが、ここでは「違う性質のものなんだな」ということだけ知っておけば十分です。

~死亡(一般)危急時遺言の失効~

遺言者が通常の方式によって遺言をすることができるようになった時から6ヶ月間生存するときは、無効となります。

それからその日の夕方に私は、証人として当事務所から2人の事務員を連れて金本さんの待つ病院へ向かいました。先述のとおり今回の遺言には3人以上の証人が必要となります。守秘義務のある事務所の人間を証人とすることで、遺言内容が流出してしまう危険性を解消することができます。

また、遺言時の金本さんの意思能力を確認するために、事前に念のため病院に頼んで医師1人にもご協力いただけるよう要請しました。何度も申し上げるようですが、自己のする遺言の内容を理解できない状態で遺言をしても、すべて無効となってしまいますので、日々一刻変わる死期に迫った遺言者の意思能力の確認は非常に重要なことなのです。

病院へ到着し、金本さんの病室へ入ると、中には電話をいただいた今岡さんご夫妻と親族らしき方が3人金本さんを取り囲むように見舞っていらっしゃいました。その光景を見たとき、私は思わず「本当に大丈夫なのだろうか?」と感じざるを得ませんでした。「吉本さんが来てくれたよ!」と言う今岡さんの声に金本さんはゆっくりと目を開け私を探しているようでした。「金本さん!吉本です!遺言しましょうね!」私は病院にもかかわらず大きな声で金本さんに話しかけました。すると、金本さんはにっこりと笑い、「お忙しいのにスミマセンねぇ・・・。宜しくお願いいたします。」と小さくもはっきりした声で私におっしゃられました。

それから金本さんの意思能力につき、医師からの確認をいただいたうえで、すぐに手続に移るべく証人以外の方に無事に遺言が終わるまでいったん退出していただきました。証人だけになるとすぐに金本さんはおっしゃいました。

「先生、私は自宅を雄一に譲りたいだけです。他のモノは相続人で平等に分けてくれれば何も思い残すことはありません。」

私は金本さんのおっしゃった内容をしっかりと書き留めました。なお、今岡さんに譲るとされる自宅の土地建物は、確実に不動産を特定するためにあらかじめ法務局で登記簿謄本を取っており、金本さんにも確認してもらいました。それから書き留めた遺言を再び金本さんと2人の証人の前で読み上げ、さらに証人それぞれに閲覧してもらい、その筆記の正確なことを確認して署名、捺印をし、遺言書が完成しました。

完成した遺言書は20日以内に家庭裁判所で確認手続をしなければいけませんので、私が大切に保管させていただくことになりました。病室を出る私達の後ろから何度も何度も「ありがとう、ありがとう」という金本さんの声が聞こえました。

結局その日一日は、朝一番の今岡さんの電話から終始遺言のためあちこち奔走しましたが、限られた時間と緊張の中での作業でしたので無事に終わったあとは私も証人となった事務員もホッと胸をなでおろしました。

とは言うものの、「3年前にきちんと連絡を取れていれば、ここまでみんなが不安になるようなこともなかっただろう。やはり、遺言は元気なうちに書いておくべきだ」と心から感じざるを得ませんでした。

時計

それからちょうど3日後・・・。

あの時と同じ朝一番に電話が鳴りました。電話の向こうもあの時と同じ今岡さんの声。ただあの時と違うのは、今岡さんの声が慌てふためいたものではなく、おだやかな落ち着いた声だったことです。

「先生、おはようございます。おじが昨晩息を引取りました。安らかな最期でした。ありがとうございました。」

なんとなく電話の内容は察することができましたが、3日後という早さに驚くとともに「あぁ、大変だったがやってよかった・・・」と言う思いがこみ上げてきました。電話の向こうの今岡さんの「ありがとう」と言う声に、あの日病室を出るときに後ろから聞こえていた金本さんの声が重なりました。